明治150年の変遷・・100年前は激動の社会・・

  • 2019.10.03 Thursday
  • 07:37

JUGEMテーマ:経済全般 

  #明治150年,#1918年米騒動,#卸売市場の設立,#販路安定,#地方再生,#関東大震災の前後,

 

 

  明治150年の変遷・・100年前は激動の社会・・

  〜100年前の生鮮食品業界は、取引の乱れ・過当競争を反省し卸売市場を考え付く

 

 

 

実は、第一次世界大戦が終了して、昨年は100年という節目だった。そこに、今年から

日本は、「令和元年」として新しい年を歩む。

 

 

ただ、明治150年の変遷は国内の情勢も世界の白人陣営やシナの積弊に振り回された事も多い。

 

   台湾出兵 (征台の役)  1874年05月

   日清戦争             1894年08月01日 〜 1895年04月17日
   日露戦争             1904年02月08日 〜 1905年09月05日
   第一次世界大戦       1914年07月28日 〜 1918年11月11日

 

台湾出兵も記事に扱ったことがあるが、シナの横暴さに周辺台湾等の島や地域が対峙したような無法治な「化外の地」と言われた。が、シナや南北朝鮮は戦後の革命と称した勢いも経済と国内では収拾がつかないヘンテコ統治が半世紀も続いいた。その政治や現在の行動ら見ても、シナ内外では約束も守らず約束をするのも逃げたりと、どっちもどっちの「化外の地」だろうか・・笑笑・・

 

明治維新時、琉球はペリーには一時的に沖縄本島を乗っ取られたり、難破の官吏が台湾で虐殺される不埒な事件をシナと対峙できない姿勢も有った。琉球は、軍事で宗主国の薩摩と幕府らとの武力体制を見せなかったことが、白人の植民地覇権国に鴨と思われたと言える。結局、通商条約で幕府がペリーに沖縄の軍事権を主張して、収まったが・・

 

 

 

明治維新も、日本は産業革命と近代兵器で勢いづく植民地・覇権争いの世界情勢に振り回された。そして、日本国内も殖産と開拓が始まるが、元の城下町も民の気質は琉球のように無頓着な都会人化した気もする。

 

開拓で一躍を担った北海道の屯田兵、以後第七師団だが日露戦争で相当な兵士を送り出す。攻略の一翼を担って戦死者の5%を超える犠牲者も出したのは屯田兵である。旅順攻囲戦の攻防は、無謀さと悲惨さを見せたようだが、屯田兵が最前線になる程に意外と土地を守る開拓魂の士気をみせたか・

 

別に今回は、外交・防衛問題が本題で無かった・・日本も近代化が進む中、第一次世界大戦に参戦し対戦を終えようとしていた。日本国内でも、流通や国内経済は戦争などで混乱しており、食料自給化が未達成のなかで「1918年米騒動 」が起きたのである。100年前に・・

 

 

 

明治維新後、人口も増えだし穀物として米が主流になり需要だけが増えたコメ事情なのである。それが、戦争という有事に成り物価が高騰したと言う。

 

>Wiki>堂島米会所(大阪)>明治26年(1893年)に「大阪堂島米穀取引所」へと発展した。大正7年(1918年)には過剰投機により米騒動を引き起こした。昭和14年(1939年)に米穀配給統制法による日本米穀株式会社に吸収されて幕を閉じた。

 

     明治に開花した、米の品種改良−コシヒカリと西日本編  −自身のブログ
       http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=271

     〜 明治からの開拓と、農民らも育種して稲も改良したが・・米の自給自足は昭和の晩年・・

 

平常の社会状態では先物も需要と供給でバランスが取れるものだが、有事の状態では異常な投機も入り先物のシステムが物価の高騰を煽るようである。

 

まあ今では、デフレと消費税(公務員行政)不況の現在、間違って価格を上げれば顧客も来なくなりデフレの安売りに走る異常な事態である。ただ、本物の好景気に成れば、知ったことかと価格が高騰するのである。・・ただ、捨てないといけなくなる生鮮品は、微妙な価格設定になるが。。

 

実は、有事(戦争特需)も多い明治期後半以降、米以外でも物価の高騰は明治時代の混迷した状況のようである。ここに、話題の東京卸売市場の解説も有る。

 

   中央卸売市場の沿革 - 東京都中央卸売市場
     http://www.shijou.metro.tokyo.jp/gyosei/about/enkaku/

 

大正に入り物価の高騰が社会問題化し、業界は取引の乱れ、同業者の過当競争を起こしたという。また、組合や市場では都市の発展に伴う施設の狭さが問題になった。

 

   大正12年3月(1923年) 「中央卸売市場法」  制定・公布

    ( ・・ 大正12年(1923年)9月1日  関東大震災 )

 

      中央卸売市場のあゆみ  大阪市
        https://www.city.osaka.lg.jp/shijo/page/0000003470.html

 

この大正期に、卸売市場の提起が叫ばれたという。以後に商いの過当競争や「1918年米騒動 」もあり、100年前に卸売市場が制定されて徐々に開設されていく。ただ、関東大震災という悲劇で卸売市場の開設は昭和に入ることになるが・・

 

なんと、卸売市場は百年前に、流通と仲買の混迷を解消すべく開設されていくのである。まあ、この卸売市場のおかげで居酒屋や外食店で価格変動と在庫変動も無く飲食出来てるわけである。農家らの出荷先も定まり、スーパーの品ぞろえも・・

 

しかし、このような状況は卸売市場が出来るまでは国内の物流や商事会社で物資が混乱してたと言うべきかも。今でも、そうだがくせ者の業者が横行し、自浄作用が無い為に行政の規制が有効と言えた。

 

注目すべきは、この卸売市場で公平な取引が成され、つてに頼る商いと違い自由かつ均等な商売参入をスムーズにした面がある。戦時も有るが戦後にかけても、事業として商売・商人の普及に寄与したのでないか。俗に言う自由な事業が出来たわけで、世界に名だたる新幹線の乗車需要である経済人を多く生む素地にも成ったかも・・

 

 

 

でも、鑑みれば酒屋も多い大阪にコメを出荷すればよかった小規模経済な江戸時代の効率さがあった。

 

そこに、庄内の本間家が、農協のように米を大阪に輸出し、帰り道には京都の工芸品などを取り寄せ東北らの名家に売りさばき利ザヤを稼いだと言える。今と違い規模が小さいが、豪商と名が知られ豪遊することなく地道に藩地の開発と買取を行い小作・自営農家に寄与し日本一の大地主と言われた。

 

この庄内の本間家は、藩内が災害で疲弊しても、資金を貸出し買い戻しも効くと言う農村の自治に貢献したとも言える。大飢饉には、大阪などから穀物を買い取るルートもあり、本間家が窮乏の回避策に走るメリットも有った。ここに地域の問屋や行商が役をなすのが鑑みれる。

 

後の養蚕業の発展を支えるほど、交易ならではの技術・人財のコネや情報も持った総合商社だったとも。

 

また、豪商と言えども、藩と連携してたわけで金持ちが世の為に徳を積み地域の安定を支えた。それは、山形米沢の上杉鷹山の支援者でもあったことは、山形庄内での名士の務めを果たす英知を持った逸材でもあり、当時の藩政や財政も補う安定したシステムであった。

 

 

 

地方や企業、農家にとって販路の拡大が叫ばれると言う。ただ、そこには作っても有る出荷先と物流が定着してないと安定もしない。現在でも、コメや牛乳?出荷後の流通は農協などが主体に行い流れるルートが定着してる。

 

ただ、北海道では牛乳の出荷を引き受けていた雪印が不祥事でグループ解散になり物流機構に変動を引き起こした。それも、第4次産業化してた雪印の加工品製造で、プロセスが改善されなく食中毒事件を起こした不祥事だった。その企業倫理と社会的責任CSRの欠如は、老舗における企業精神の欠如があった。以後、北海道では老舗企業の破産ラッシュが続く。

( 実際、高等学問や技術系で優秀な学生が、給与と待遇に反映されない地方に残らない弊害もある )

 

まあ、食品産業は安定した販路と信用の維持に努めないといけない教訓だろう。しかし、最近では価格自由化と称して統制経済が覆され、問屋と言う販路が潰滅気味になり、大手加工食品・菓子産業などを中心に企業が直販する体制でデフレの安売りを助長した。

 

挙句、産業製品の家電製品まで・・さらに、輸入品により自転車店の減少らに見るようにバイクの拡販体制も壊滅し、生産縮小の状態に移行している。そこには、大規模店と安価な輸入品の弊害があると言うべきなのか。いまは、ネットで小売り体制の乱れも出てきた。

 

まあ、販路に悩まされる地方と企業の多難の時代でもある。そこに、第4次産業と言われた農産物生産と加工で成功し、テレビに注目された伊賀の里モクモク手づくりファームというのもある。第4次産業の成功手法とは別に、販路は大都市を中心とした通勤圏のような地元圏内に絞ったことで、人財を基本とした安定した運営を目指す姿勢が注目される。

 

そこには、東京で名を上げて成功を目指すのことを止め、地域密着・地産地消に専念する姿勢に転換をしたと言える。現代社会には販路が大きすぎると、管理も疎かになり人財の育成と経営に困難を極める。ただ、知名度を上げた広報・テレビの仲介もあり、ネット会員の盛況が成功の礎であるが・・

 

ただ、最近の会社運営と年金・労働法がコストを押し上げる。電気量販店などは、それで安売りが常習化したこともあり問題だろう。現在、小売りや流通の社会には、多くの課題が付きまとう・・

 

 

 

話しが飛び過ぎたが、卸売市場と農協の出荷が確立したことで現代社会の生鮮食品の流通が確立し、定着した物流がそれを支えている。そこには、それに関わる企業などで多くの苦しみも有る訳だが、拡販に捉われないある程度のベースの販路を定着させることは社会的に重要なのである。

 

また、大都市では売込みも激しいだろうが、地域圏の定着した食品流通を促進しないといけない。もう、いつでも、日本中どこでも、同じものが食べれると言うのはバブルの後遺症かも・・

 

 

そういや、最近は酒のつまみであったタコのわさび漬けなども無くなった。世界的なアフリカ産タコ食いの影響と日本の漁獲量も減ったのか・・サンマもシナの乱獲?で取れなくなったとか。

 

現在、冷凍技術や包装技術も進化し、保存気味の生産も可能なのだ。いつも輸送で品質が落ち卸値が叩かれる漁村の離島では、冷凍技術で経営の安定化も進んだと言う。またそこに、漁村に明るい現代技術の話題も・・

 

   海の砂漠化防ぐ鉄鋼スラグ コンブ復活、魚介も増加「海の森づくり」
     http://www.sankeibiz.jp/business/news/181230/bsc1812300903001-n1.htm
     2018.12.30  ブルームバーグ > sankeibiz

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