リオ五輪開会式、評価される日本移民も参加。と南米移民

  • 2016.08.06 Saturday
  • 15:52

JUGEMテーマ:ブラジル移民

#日本人なら、記憶にとどめてほしい南米移民の活躍,

 

 

ブラジルで、リオの夏季五輪開幕。なんと開会式に日系人も参加してるという。

そういえば、wikiでも紹介されてた記事(下記)でも、評価されてた日本人移民。

 

『日系ブラジル人は政治や経済などで、高い地位に就くものも多い他、

      特に長年の農業における高い貢献は非常に高い評価を得ている。 』

 

   最近に混迷を深めるブラジルであるが、日本式交番制度を導入し、効果の兆しともいわれる

   また、南米では、日系移民の活躍が多い ー相当の苦労がしのばれるものだ  wikiから

       コロンビア   福岡等から約1800人の移民が農業で成功した

                    南米の日系移民では最も成功したとされる
                    戦後の食糧難の時代にコロンビアは日本に米を送った。
       パラグアイ   1937年に日系人が初めて入植して以来、
                    日系パラグアイ人の貢献が高く評価されて伝統的に友好関係が続き、
                    日本は非常に高い評価を受けている。日本人・日系人約7000人が住む

       ベネズエラ   少数
       ウルグアイ   少数
       ペルー       現在の日系ペルー人は数十万に達している可能性
       ボリビア     日本系は7,000人ほど存在
       チリ         ペルーやボリビアなどから再移住した日系チリ人が極少数存在
       アルゼンチン ブラジルなどから再移住した日系アルゼンチン人がいる

   ー日本人なら、記憶にとどめてほしい南米移民の活躍であろうか。

       それにくらべて、日本にいる某移民は・・

 

時事通信のネット記事にも紹介された開会式での日本移民の参加記事。

歴史的記念でもあり、紹介しておく。
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  一つの地球、高らかに=「日本移民」も登場−リオ五輪開会式〔五輪〕
    http://www.jiji.com/jc/article?k=2016080600176&g=spo
    2016/08/06 時事通信

 

【リオデジャネイロ時事】リオデジャネイロ市内のマラカナン競技場で5日に行われた開会式のアトラクション。生命の起源から異文化との融合を経て、大都市が形成され発展してきたブラジルの歴史を振り返りつつ、五輪の舞台で環境保護の重要性を強くアピールする内容だった。軽快なサンバも式典に花を添え、「一つの地球」のテーマを鮮明に打ち出した。
午後8時、カウントダウンの「ゼロ」で会場は暗闇に。リオの自然や都市の映像とともに、いかにスポーツがリオの人々に不可欠かを強調したオープニング映像が流れた。

 

照明がつくと1000人が銀色のシートでブラジルの幾何学模様を描き出す演出が続き、アコースティックギターでの国歌斉唱の後、国旗をまとったブラジル人のスター選手10人と次世代のアスリート50人に囲まれながら国旗が掲揚された。


会場には一転、突然稲妻が鳴り響き、嵐の情景に。太古の昔、生命の誕生。ポルトガルやアフリカ、中近東から海を渡ってきた人々に加え、日本からの移民をイメージした白い服に日の丸をあしらった人々の踊りも。異文化との融合を経て国が成熟していった過程を表現した。


続いて若手ミュージシャンらによるブラジル音楽が奏でられ、「違いを認め合おう」というメッセージを込めて1500人によるステージ上でのダンスが繰り広げられた。

 

地球温暖化や海面上昇に警鐘を鳴らす映像が流された後、各選手団が入場行進。一人一人に木の種が手渡され、用意された鏡の塔に植え付けると緑の大きな五つの輪に繁茂する選手参加型の演出が目を引いた。

 

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長らがあいさつし、ブラジルのテメル大統領代行が開会宣言。一斉に花火が打ち上げられ、式典はクライマックスへと推移していった。

 

サンバの音楽が会場に響き渡った後、フィナーレは聖火の点火。2004年アテネ五輪の男子マラソンでトップを独走中、飛び出してきた男に妨害され3位に終わったバンデルレイ・デリマさん(46)が最終点火者になり、柔和な笑みをたたえながら大役を務めた。


聖火がともると、再び花火が何度も打ち上げられ、競技場はまばゆい光に包まれた。

(2016/08/06-13:08)

 

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ブラジルでの日本移民は、農業を下地に貢献がされてると

  南米では、この他にも、農業で活躍

 

『 ブラジルーwikiから  
  国際関係
  −日本との関係

 

日本との外交関係は1895年の修好通商航海条約調印から始まり、1897年に両国内に公使館を開設。1908年6月には日本からの本格的移民が開始され、笠戸丸がサントスに入港した。その後第二次世界大戦中の断交状態(ブラジルは連合国として参戦)と1950年代初頭の国交回復を経て、常に活発な人的、経済的交流が行われており、その距離の遠さにも関わらず世界各国の中でも特に日本との縁が非常に深い国である。

 

1908年に最初の本格的な集団移民、いわゆる「笠戸丸移民」が到着して以降、第一次世界大戦期や第二次世界大戦を経て、1950年代に日本政府の後援による移民が停止されるまでにブラジルに渡った日本人移民の子孫は5世、6世の世代になり、サンパウロの世界最大級の日本人街「リベルダージ」を中心に、海外で最大の日系人社会(約150万人)を持つなどブラジル社会に完全に溶け込んでいる。

 

日系ブラジル人は政治や経済などで、高い地位に就くものも多い他、特に長年の農業における高い貢献は非常に高い評価を得ている。2007年2月には、2世のジュンイチ・サイトウ空軍大将が空軍総司令官に任命され、ブラジル軍の最高位ポストに就いた初の日系人となった。

 

また、1950年代以降、日本の高度経済成長期にかけて東芝やトヨタ自動車、東京海上日動、コマツ、ヤクルト本社、日本航空など、重工業から金融、サービス業や運送業に至るまで、様々な業種の日本企業がサンパウロを中心に数百社進出しており、世界でも有数の規模の日本人学校、サンパウロ日本人学校など、ブラジル国内に複数の日本人学校がある他、日本においてもブラジルの音楽やスポーツ、料理などの文化が広く親しまれており、また、両国間の人的交流が活発にあるなどその関係は非常に深いものがある。在留邦人は約6万人(2010年)、在日ブラジル人は約23万人(2010年、外務省)である。

 

1962年に両国による合弁事業であるウジミナス製鉄所へのODAによる融資を行って以降、電気や港湾、衛生設備など、各種インフラの充実を中心としたODAが継続的に行われている。しかしながら、ブラジルが工業国であり比較的インフラが整っていることから、近年はインフラでも環境、衛生関係の技術的要素に特化されたものとなっている。

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