明治に開花した、米の品種改良−コシヒカリと西日本編

  • 2016.02.22 Monday
  • 00:35

JUGEMテーマ:農業経済・農業政策

 

            明治に開花した、堅実な農民の日本酒米の品種改良
             http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=266
                        明治に開花した、米の品種発明−庄内を中心とした東日本編
                          http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=272

                        酒は中世の経済を支えたが、歴史を翻弄させた日本酒づくり
                          http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=270



前回、酒米の品種改良について掲載したが、今回はコメの品種改良の歴史は多様なのか、曖昧なところが多く、検索は大変である。また、老農という篤農家の活躍が多い割に、農業を学問化し専門研究にする畑を持たない学者のせいか、まとまった物が、ネットには少ないようである。また、明治前後の育種家は、記録が少ないということで、伝承のような話のようである。前回の酒米は、当時食用米より高価な販売であるため、興味も高く記録が残っているのが、多いということだろうか。

北海道も稲作が本格的に普及したのが、昭和初期の品種革命だったようである。それで数百km以上も稲作が北上したのである。東北も同様で、冷害に強いといえる「亀の尾」のような品種が、明治に望まれていた。

それに対して、西日本などでは台風などで倒れにくく、多収が望まれていたようだ。二毛作は一部地域として、考慮もされている。現在、昔の記録は、石碑などでしか残っていないようと言え、ネットで拾えれるものだけ掲載してみる。

なかなか、農民と言うのは、堅実であり興味が惹かれるものもある。尚、東日本(殆ど山形庄内)や酒米は除き、掲載した。掲載が多いところは、それだけ農業に取組もいいともいえるのかもしれない。

<コシヒカリの系譜−80年の歩み>
もともと東日本を中心とする品種なのか、東北近辺の品種が多い
また、年代的に東北近辺の品種改良が、進んでいる。


コシヒカリ/農林100号/越南17号
(福井-1953)
    ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
農林1号/北陸4号                            農林22号/近畿34号
(新潟試-1931)                              (兵庫試-1943)
    ┣━━━━━━━━━━━┓                    ┣━━━━━━┓
陸羽 132号                森多早生         農林8号/近畿15号   農林6号/近畿9号
(秋田試-1921)             (庄内-1913)      (兵庫試-1937)      (兵庫試-1936)
    ┣━━━━┓            ◆        ┏━━━━━┫            ┣━━━━┓
亀ノ尾4号   陸羽20号      東郷2号   銀坊主      朝日          撰一       上州
    ▲      (秋田試-1915) (庄内)    (富山-1909) (岡山試)        ┃
    ┃                   ◆       ┃          ┃            ┃

    ┃        ┃┏━━━━ ┃ ━◆━┛          ┃            ┃
亀ノ尾        愛国        大場                  旭(京都旭)    神力(器量好)  
(庄内-1897)  (福島-1892)    ┃                  (京都-1908)   (兵庫-1877)
    ┃        ▲            ◆                    ▲            ▲ 

    ┃        ┃           ┃                   ┃            ┃
    ┃  身上起/身上早生   巾着                  日の出        程良
    ┃   (静岡-1882)                            (京都?)

    ┃
惣兵衛早生/水口稲/冷立稲
           ▲:選抜 :純系淘汰 ◆:変種

<コシヒカリの親種、民間育成家が努力で生み出した品種>

兵庫「神力」 

  御津町の農民で育種家である丸尾重次郎氏(1815〜1889)は、研究の末、「程良」から1877年創選。25%も増収。  
最初この品種は「器量好」と名づけたが、この望外の多収は神のお力添えに違いないと考え、のちに「神力」と改名。晩生種、短稈で株張りのよい品種。当時の稲としては、極端に穂数型であり、ずば抜けて多収。「旭」が普及するまでの明治末〜大正期にかけて、西日本一帯を席巻した。

宮城「愛国」 

  丸森町蚕種家本多三学氏は、静岡高橋安兵衛氏が発見した品種「身上早生」を1889年取寄せ、窪田長八郎氏と周辺農家で誕生。  多肥で収量を多く上げ、病害虫に強いが冷害に弱い欠点、味が他に比べ落ち、安値になることもあった。

1882年、静岡の青市村の高橋安兵衛氏が水稲品種「身上早生」を、身上起から選出

山形「亀ノ尾」 

  庄内町篤農家阿部亀治氏が1897年、近隣で冷害でも成長する「惣兵衛早生」/通称「冷立稲」を貰いうけ、選種を繰り返し創選。
冷害に強く、多くの肥料を必要としない。害虫には弱い。

最近新潟で酒米として「亀ノ尾」を復活させた逸話は、漫画 「夏子の酒」 のモデルと言われる。

富山「銀坊主」 

  石黒岩次郎(1860〜1923) は、自分で試験田をつくり、品種や肥料の試験をするほど、研究熱心な農家。「愛国」から1907年    発見。晩生だが、強稈で穂数も多く、多収であった。

昭和恐慌下の北陸稲作を支えた。朝鮮半島まで席巻する。

その後試験場で、「銀坊主中生」「晩3号」「短銀坊主」育成された。

・京都「京都旭」

  向日市山本新次郎氏は、1908年に「日ノ出」を栽培して発見。試験場に足を運び技術の習得し、育成と改良に努めた。多収・高品質であり、 登熟すると鮮やかな黄金(色で評判になる。ただ背が高いため栽培時に倒れ易く育てにくい、脱粒しやすい

  岡山「朝日」

   県農業試験場が「旭」の品種改良を行い「朝日」とする米飯の他、握り飯や寿司に適している。心白が少ない品種であるが、酒米としても使用される。( 最近では、人工交配をされていない品種? )

                
秋田「陸羽132号」

  陸羽支場の秋田出身仁部富之助技手が1921年に、冷害に強い「陸羽20号」と良食味の「亀ノ尾」から品種改良で完成。当初は、寺尾博研究員と改良を始め、後に山形出身の加藤茂苞農学博士とも取り組む。昭和6〜10年の大冷害、東北で真価を発揮した

・庄内「森多早生」

  庄内町の育種家 森屋正助氏(1892年〜1971年)が、1913年若干21歳で「森多早生」創選。短い稈・早生・耐肥性・多収・良質

・庄内「東郷二号」
  三川町の篤農家佐藤 順治氏(1875〜1936)は、育種の組織を作り、自らも、「東郷新二号」「山錦」「小柳」などを創選。「東郷二号」?もその中に入っているようだ。詳細は不明。
当時の農家や育種家は記録が曖昧であるが、佐藤順治氏は庄内周辺の品種記録を集めて残しており、極めて貴重な遺産である。

新潟「農林1号」

  1931年、県農事試験場で並河成資氏・鉢蝋清香氏により育成。寒冷地用水稲で冷性を持つ、極早生種で食味もよく多収量品種 
  戦中・戦後の食糧生産に貢献した。多くの人を飢餓や栄養失調から救った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
明治頃の、活躍した品種改良の偉人(山形と酒米除く除く)

 

 

<三重−下段にも数種>
・松岡直右衛門氏  1836年 - 1901年民間育種家  by wiki

   1874年、「倒十」後に「竹成米」に改名。菰野村佐々木惣吉氏が中手の優良品種として評判の「関取米」に刺激され、竹成村に合う品種改良に取組む。苦心により「千本撰り」の稲から、多収の変種の稲を発見し、近隣の農家と共に試験栽培を進め完成する。 1穂に絞り300粒の籾殻(もみがら)がつく短稈の珍しい変種であった。
収穫量の多いことから関東地方・中国地方・四国地方にまで伝播し太平洋側の代表的な品種。明治の農業技術革新の要求に答えるものだった。

尚、竹成米は後の品種改良にも生かされ、1926年愛知の農業試験で「京都旭米」・「竹成米」からの交配で「愛知旭」が誕生。以後、「農林3号」「関東2号」「東山19号」等の派生が有る。

<奈良>
・中村  直三氏  1819年 - 1882年老農(篤農家)、「明治の三老農」の一人

   農事に関する指導書を著し、秋田の老農石川理紀之助氏らの指導も行う。
1872年に『地蔵早稲』、1877年には76種の優良稲種を明治政府勧業祭へ。
「伊勢錦」「大和穂」「榊原穂」等の品種改良に取り組む
      http://www.narano-umaimonoplaza.com/genryu/kome/

<高知>
・吉川  類次氏  1858年 - 1927年  南国市の篤農家
   1895年隣村の十市村の鍋島菊太郎氏が採取した早稲「出雲早稲」を改良、「京早稲」を経て「衣笠早稲」を完成。土佐に二期作を広める。 wikiから

−以下、明治頃の品種を県ごとに記す(山形と酒米除く除く)−

<三重> http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/arekore/detail.asp?record=22
   明治の頃は、地名に由来する品種の米は、「宇和嶋、大洲、道後、中山、土佐、大阪、出雲、讃岐、近江、備中、九州、奈良、江戸、豊後、河内、武蔵野、筑前」などと多かった。

・「関取」

   1848年、菰野村の佐々木惣吉氏が「千本」から品質が良い上、短稈で分げつ多く、倒伏に強く多収の変種を発見し、育成。倒れないことから関取の名で「雲龍米」としたが、雲龍が負ける事が多く改名。当時倒伏に強いのは、農民には願ってもないもの。

東京の市場でも普通の米に比べ高価で取引きされて全国的に有名。

・「須賀一本」

   鈴鹿市の戸田古小兵衛・作右衛門父子が発明・改良した品種で、1853年発見

<滋賀>
・「大岡」「新日光」

   野洲市、篤農家で民間育種家の大岡利右衛門氏。明治期各地から良質の米を集め改良。正条植えを農民等に奨励。緑綬褒章受章。明治頃、今以上に他の篤農家の努力を評価し表彰しているようだ。

・「近江錦」

  1906年、農事試験場で「神力」「善光寺」からの人工交配で育成。人工交配による稲の育成品種として日本で最初の品種と自賛。
            http://www.pref.shiga.lg.jp/g/nogyo/saibai/files/rekisi.pdf

<山口>

・「都種」

   1832(天保3)年に弘永半助、内海五郎左衛門が、旧藩主と上洛の途中、摂津国西宮付近から持ち帰る。その際付近の農民の話しでは、その稲は数年前、船乗りが筑前から持ち帰ったものらしい。
・「周防穂」

   山口県で農業と林業の育成にがんばった田島直之氏という老農が、奈良の篤農家中村直三氏より「伊勢錦」を得て、年々稲穂を選る。「此の稲収穫多量にして、味はひ尤も美味なり」

<愛媛> https://www.pref.ehime.jp/h35118/documents/documents/11_kome3_298_1.pdf
・「相生」

   伊予市の浅田嘉蔵氏が、明治初年に備中より伝わる籾種から選抜。
・「栄吾」

   嘉永2年に松山市上松栄吾氏が、四国巡礼で土佐の幡多郡山谷で、幹茎が大きく、実の多い1株を発見、河内又次郎氏の協力で増殖。
・「三宝」

   天明の頃、今治市日吉にある南光坊の僧、寛雄が、高野山に詣で、三宝院から籾種を持ち帰って普及した中生品種。
・「相徳」

   1889年、砥部町村上徳太郎氏が水田で優れた一株を見つけ試作・選抜した中生品種。
・「与吉選」

   1904年に、松前町の住田与吉氏が、「仙石」の変異株を選抜して、当初、萱田選と名づけ、県農事試験場で「与吉選」と命名。

<徳島> http://www.pref.tokushima.jp/_files/00082860/018_1-1-1.pdf
・「権八」

   1867年に中那賀郡の篤農家西小十郎氏(1814〜1891)が、早生品種の開発に成功。成熟期に収穫され為作柄が安定し、稈が細く粘りがあり、節の位置が低いので藁工品生産の経糸用として賞用した。徳島県を代表する品種

<台湾>
・「蓬莱米」  https://www.jataff.jp/senjin2/22.html
   台湾総督府農事試験場に務めていた、磯永吉(広島出身、北海道大学卒)は、台湾在来種の特性調査。品種改良された「低脚烏尖」「台中在来一号」等は、交配親として、世界の多収品種の育成に貢献した。また、ジャポニカ×インディカの交配は至難ながら、「嘉南2号」などの優良品種を育成。
1935年(昭和13年)、日本稲「神力」と 酒米「亀治」からの交配により、台湾の気候に適し、美味かつ優れた品質を持つ「台中65号」を開発。1940年に「蓬莱米」と命名。
台湾米生産量は大正時代75万トン、普及後の昭和13年には、147万トンに増加。

米以外にもサトウキビ、サツマイモ、小麦などの農作物、ブタや鶏など家畜の品種研究も手掛け、磯の研究は台湾のみならず広く東南アジアの農業にも貢献。英文著書『亜熱帯における稲と輸作物』は亜熱帯農作物のバイブルと。




このように、明治前後は篤農家と育種家が相当活躍した時代でもあった。江戸時代から続く伊勢神宮参りの交流からも、近畿を中心に農業の発展が進んだ。
当時は、絹の輸出も始まり、養蚕家の苦労と同時に研究も進み更に農民の交流が進んだ。なんか、明治初期から、品種改良は別として、農業手法の改革や土地改良が、福岡等を中心として進化することとなる。庄内・群馬・伊勢京都・兵庫・福岡は、近代農業に相当の貢献が見て取れる。

ところが最近、米の品種改良が農家から離れ、放射線照射で作りだされるもので、レイメイ、ムツホナミ、アキヒカリ、キヌヒカリ、はえぬき、ゆめあかり等の米もあるという。酒米で長野の美山錦もそうらしい。明治の米品種も、突然変異もあるから否定はしないが、個人的には農家が苦労して作られた品種改良米がいいのでなかろうかとも思うところだ。

明治当時は、有名だった偉人や品種発明が、石碑でしか伺えない時代に移ろうとしている。ある県では、偉大な篤農家で国家表彰までされているのに、文化遺産として、ネットで紹介もされていないこともある。それだけ、教育に反映されてないということだ。
  なんと、農業も拝金主義と学者主義、官僚至上主義に陥ったか。

一応wiki以外で主の参考のネット

  http://www.shonai-nippo.co.jp/square/feature/exploit/  荘内日報社
 http://www.navishonai.jp/history/kameji_3.html  庄内町
 https://www.jataff.jp/reading/index.html  公益社団法人 農林水産・食品産業技術振興協会

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イネ品種 データベース 検索システム ‐ 品種名検索 ‐

   http://ineweb.narcc.affrc.go.jp/hinsyu_top.html
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