平和思考もいいが、ガンダーラ美術と浄土思想も崩壊した乱世

  • 2016.02.15 Monday
  • 00:04

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

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             「ノーベル平和賞より偉大、アフガン農民の砂漠緑化と農業事業」
                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=246
               世界は、分断することに熱心。それに気づかない日本人の劣化も酷い
                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=282
               忘れてはならぬ東京大焼殺、と都会人のへ生狡さ
                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=283



ペシャワール会の中村医師が、取り組んだアフガン東部の農業事業。記事を読んでも、かつてのガンダーラ美術を生んだ記憶の欠片もないようだ。

ガンダーラ美術は、パキスタンのペシャワール周辺からアフガン東部で栄えカシミール渓谷までも国境を広げた地域で、仏像製作などや仏教研究も華やかだったらしい。仏像美術は、ギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れて有名と言うことだ。ジャラーラーバードは、その中心地。

 



近代英国に無残にも分割されたガンダーラ地方には、古代タキシラという最古の大学僧院があったという。それも紀元前6世紀から、遊牧民族大月氏系のエフタル国が5世紀に侵略するまで、一千年も続いた偉大な博学の遺産であった。

玄奘三蔵は、7世紀にインド北部ナーランダの仏教の学院で学んだわけであるが、そのころには無くなっていたのか。しかし、タキシラは大乗仏教の起源ともいえ、設立時は六派哲学のインドのヴェーダーンタ学派に始まり、インド仏教の中心であったという。シナの仏教巡礼者も訪れていたようで、廃墟化した時勢の記録も有るらしい。中々、世界は波瀾万丈であろうか。

 

インド仏教も元々は偶像崇拝をしていなかったようであるが、このガンダーラ地方で、美術として隆盛するわけだ。仏像製作にギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様式が発揮されるというのも、中央アジアの変遷と交易路が見える。

そもそもガンダーラを周辺としたクシャーナ朝が、紀元前90年頃から568年ころまで続いたせいか、仏教が三大宗教に成長し、東アジアに偉大な仏教をもたらしたと言える。ただアフガニスタンにルーツがあったとは驚きでもある。

ギリシャのヘレニズム文化は、紀元前300年のマケドニア王国の侵攻によるもので、ギリシャ人も相当住んでいたらいい。でも当時、この周辺の王朝は、ギリシャ嫌いで、あったのか

『 紀元前90年スキタイ人の部族長が最後のギリシャ系の王をタキシラから追放紀元前50年頃にはアフガニスタンに残る最後のギリシャ人勢力を駆逐した 』

とある。
なんとまぁ、オリエントを意識するギリシャ人は、嫌われていたんだ・・・
奴隷制に近かったのか?、ここから、ギリシャは歴史から消えたということか。

 



ガンダーラでは、前300年頃から仏塔が建ち始め、ギリシャ人がいなくなった前50年前後から仏像美術として5世紀ごろまで隆盛していく。なんと、仏教が800年以上も栄華を誇っていたのだ。そしてタキシラ大学僧院の産物が、「仏教は哲学」と言われる所以なんだろう。

が、5世紀には国境付近のタキシラ大学僧院は、徐々にヒンズー教?などと影響し始める。そして北の遊牧民族に建造物もことごとく破壊されていく。ただ、仏教信仰は、インド北部に移り、更にアジア仏教への架け橋となった。

しかし、大学僧院と仏像文化もアフガニスタンが起源とは、今では想像も出来ない。数百年も隆盛を誇ったガンダーラ美術は歴史に残った程、交易路においても忘れ去られることは無かったのである。またアフガニスタン人の美術工芸の技術は、負けず劣らずなのであろう。タキシラも大工と呼ばれる表現もあるというのもうなずける。検索したら、こういうシンプルな画像と情報もあった。

  ガンダーラの仏像

    http://daishinji.net/essay/gandhara.shtml
    浄土宗 大信寺(群馬)

その後、中央アジアの遊牧民から侵略を受け仏教は衰退するが、遊牧民の代表ともいえるモンゴル周辺は、その後アフガン発祥の仏教を信仰し平安になるというのは皮肉なことだろう。

玄奘三蔵の学んだ、インド北部ナーランダの仏教の学院は4世紀頃に創立されてるから、アフガンのガンダーラは仏教の哲学としての学問化に先進性と影響力を持っていたともいえる。しかし、インドのナーランダ遺産も、12世紀イスラム教勢力に破壊されたというから、今のイスラム教と類似するおぞましさだ。

(ただ、インド北部はヒマラヤ山系のもたらす水が豊富な地域で豊かな土地、荒れた大地のイランや中央アジアでは、侵攻の格好の場でもあったのか・・)


ただ、このアフガニスタン、歴史に翻弄され宗教もバラモン教やゾロアスター教、仏教からヒンズー教と変遷することで多様性をもったのである。が、最後には、イスラム教が伝わり美術性の偶像を否定されるようになる。偉大な工芸と美術は、逆にインドのヒンズー教へ受け継がれたようだ。

 

 


このイスラム教も仏教も、偶像否定から始まっている。だが仏教文化は、ガンダーラで偶像を美術に変遷させたのに対し、イスラム教は進化と高等化を否定し美術に目覚めることは無かったようだ。イスラムは、原始的部族社会の延長が強すぎ、近代化に遅れた原因と言う気もする。最近、偶像否定をしたのは、イラクのフセイン大統領だったのでないいだろうか。フセイン氏の肖像画の美術は、偉大なイスラムの革命だったかもしれない・・

巨像や美しい像は、神秘性をもち、大きいものには威圧されたような仰ぎみる謙虚な精神や近づきたいという意志を持つ。また日本では、自然が多く、多少田舎に行くと巨木もある。それも、神社の巨木には圧倒され、自然に畏怖と敬意をも教わるものだ。そして日本では、自然との共存で、思考の学問と哲学、建築文化の美術と工芸、そして科学から工学へと近代化に移行していく。

ペシャワール会のアフガン東部農業事業では、洪水堰用に調整池を設けている。洪水対策で護岸の緑化を同時に進めているが、林の状態になり公園と言った風景で休日には市街から訪れる人が、絶えないという。砂漠に近い土地では市街に森林は少なく、見ることもない恵みの自然を満喫している。彼らの地には、無くなった森林、それも人工で作れる緑の絶えない自然に対し、イスラムの教えに変化が出、政治にも変化が出てくるのかもしれない。

 



もともとイスラム教が出来た頃には、もうアラブは砂漠化していたんだろう。信仰心は強いんだろうが、それは表の話で、神秘性や自然に畏怖を抱くことなく、陰には粗野な部分が有るのかもしれない。それは武力で勢力を拡大し、社会生活も平等でなく階級社会である、神を信仰する割に徳が見られず、更に汚職も蔓延させることになる。

まして蛮族を思わせる仏像剥ぎ取りやピラミッドの壁面石を売買するように道徳の低下が著しい。エジプトの大統領が、イスラムを実践しているのは日本人だという。それは、神に帰依し、さらに地域や国に帰依し心や技を磨く。金や野心で、国を捨てることのない民族で秩序的だという面を宗教性とみている。

    エジプト大統領、小池百合子氏に「日本人は歩くコーランだ!」
      https://www.sankei.com/economy/news/150504/prl1505040001-n1.html
      2015.5.4 産経新聞より

犯罪性なども含め、これからのイスラム世界における課題だろう。現時点では、余裕のあるトルコやインドネシアが、イスラム教の教義に取り組まざるを得ないのか。イスラムのヘレニズム嫌いが、美術文化を衰退させ、歪んだ階級と差別を助長。そこには原始的な思考が潜み、哲学をも否定してるんだろうと思う。彼らは、自然や森林を守りもせず、創造性を阻害し土地や民を荒廃させてきた。

ましてペルシャ人というイラン人は古代からアフガニスタンの侵攻などを繰り返し、アフガニスタンの王朝などもインド北部までも統一もしている。ペルシャ人のイランと中央アジア人は、侵攻病といえる迫害者という状況である。


(イラン人はシーア派のペルシャ人、他の中東人はスンニ派等のアラブ人と言われる。ギリシャは、バルカン人?。山岳に近い国家のバルカン半島やイラン、トルコやアフガンのような中央アジアでは、3千年の恨みがあるような戦闘好きな民族といえる?)

 

どちらも偉大な功績と文明を持ったアフガニスタンとイラン。侵攻と戦争は、気候変動の地域崩壊から起こるというが、中村医師のアフガン農業事業を見ても無駄な権力闘争も多い。そして最高の知財も次々と延焼させ消えていく。
偉大な思想や哲学は、勢力争いの無知な政治に薬(役)にもならないのか。

かつてのガンダーラは、疲弊しイスラムの勢力争い。お釈迦様の故郷ネパールは毛沢東思想に被れ汚職の共産党政治、チベットは国力の防衛をモンゴルなどに依存しすぎてシナに歴史遺産を破壊されつつある。シナも仏教の遺産も失われつつあるのか、思想の矛盾と秩序崩壊と権力闘争。

現在、世界戦争を思わせる状況は、指導者の無知と無謀で、宗教と哲学は役に立たない。徳と礼節が欠如した自己利益に群がる原始政治や階級闘争に世界が翻弄されている。

そういえば、古代のガンダーラのタキシラ大学僧院は、仏教人気の巡礼加熱。周辺国が交易路の変更で利を失い、大学僧院を攻撃し崩壊させた経済問題として捉えることも出来るのであろう。

 

 

 

日本でも平安と浄土を信仰して京のような地域を作った奥州藤原氏は経済も裕福で嫉妬を買ったのか平安後に侵攻で亡び100年の寿命となった。あまり思想に邁進する傾向とその効果である平和には、危険が伴うと言える。そこには、政治経済戦略なき浅はかな指導層の学者体質の弊害なのか。

しかし滅んで、福島東部に進出した相馬大名、仏教は信仰するが、絶えず武術を磨いて世界一長い領主となる。ある時、帰郷する伊達政宗公一団を拉致し、歓待後翌日には馬術の「馬追い」を披露。政宗公感心する。そして、相馬藩が、「仲良くしようね(同盟したい)」と政宗公が「幕府に優秀な藩だと進言しておくよ」と・・政宗公幕府に、「謀反より模範の藩と絶賛」。防衛も外交宣伝。
そして300年領主安泰と、続く「相馬の馬追い」祭りのしきたり。

最近平和、平和となにかと思想が蔓延してるが、平安は滅亡の一歩手前。平安な思想と哲学より、苦行の社会と鍛えることも仏の教えだろうか。

そして、欧州の思想の大御所同士が会談。信徒等が歴史に残る悪さを尽くした胴元でもある。どんな密約でもしたのだろうと思うのは自分だけだろうか。
中世、カトリックの法王は、南米のように日本も線引きしてスペインとポルトガルに分け与えると約束したそうな・・・

  ローマ法王が露正教最高位と会談、

  1054年の東西分裂後初 本格和解へ、「ISの脅威」で一致

    http://www.sankei.com/world/news/160213/wor1602130026-n1.html
    2016.2.13 産経新聞から

かつて、ユーゴスラビア紛争でも、欧州は収拾よりも権益の確保と階級のエゴ
等が蔓延。
最後には、民衆より互いの権利の主張で怨嗟となる。困ったときは、
バチカンを含め自分中心でしか考えない現代指導者でもある。そこには、多様
性のない一神宗教の盲目さと性悪な精神、そして経済の国益が常に潜んでいる
ことを忘れてはいけないのだ。

  【深層、真相、心操】日本との親和性、東方正教会の宗教観とは[桜H28/2/15]

    https://www.youtube.com/watch?v=mx-voN2qRBQ
    2016/02/15 SakuraSoTV

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