左派活動と思想の暴走は、韓国のように国を無秩序にする

  • 2016.02.06 Saturday
  • 20:29
#朝鮮仏教は、倫理を離脱し独自に発展、暴走する起源思考を作る,
#実は戦前のテロ活動家は、度牒制度と科挙の僧科、両班要職の回復願望,
#朱子学は、儒教の根源もはなれ妥協を許さぬ方向へ人を駆り立てる朝鮮文化に,
#暴走暴徒化する社会と宗教界の起源は、朝鮮古来の仏教曹渓宗のテロとシャーマニズム,
#罵倒やリンチと乱闘に見る独自世界の朝鮮仏教文化,
#ローマ法王が、セウォル号事故を「道徳的、霊的に生まれ変わる機会」と言う起源,

JUGEMテーマ:韓国文化

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

#南朝鮮での宗教、仏教やシャーマン化するキリスト教と信者には、気を付けろ,

               すでに韓国は、民度と国政は北朝鮮程度
                 http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=139

               ローマ法王から韓国への説法は、真相と深層が奥深い。『韓国の病気』総一覧
                 http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=238
               東アジアに見る歪んだ国体−3.建国からのテロ賛美と法治問題
                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=228

               世界の技術・建設業界も震撼、モラルハザード国家の見識
                 http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=292

今年、制度、信仰、倫理、教育、経済、環境の6大危機と言われたシナの社会。しかし、南朝鮮も同様の危機を迎えている。まして経済の崩壊問題がさらにすべてに社会的危機をもたらす。

ローマ法王が、セウォル号事故を、「道徳的、霊的に生まれ変わる機会」と言う根本的な問題が今回の話だ。

朝鮮では、なんとこういう諺がある。
女は三日殴らないと狐になる 
現在の市民活動を見ると、何となく解りそうだ
。調べたら、近い事例があった。

wiki「 高麗 >女性の社会的地位 」から
高麗の社会は朝鮮の歴史の中では、新羅に続き女性の社会的地位が高い時代だった。政治や生活全般には男性が優先されたが、財産の分配は、息子と嫁いだ娘とで同等に分配された。また夫に殴られた妻が官憲に告発し、逮捕された夫がむち打ちの刑を受けた事もあった。忠烈王の時、朴楡は王に貴族の蓄妾を法律で制度化することを建議した。その後、朴楡は街頭で女性たちに後ろ指を指され、面前で悪口を言われたという。離婚と再婚が自由だったとされるが、特別な理由もなく妻を見捨てると法律によって処罰された。12世紀に宋の徐兢が高麗を訪問した後に書いた『高麗図経』には、「離婚率が高いし、恋愛と別れが多すぎるので、風習がおかしい」と書かれている。息子がいなくても、祭祀は娘と婿が行なった。婿取婚の比率も高く、女性は影響力が強かった。

シナ人から、なんと風習がおかしいと言われてます。相当我儘な女性の時代だ。
次の時代李氏朝鮮では、男尊女卑に近いと言えよう。そうしたら。上記の諺も理解できないか。まあ推測であるが、この地。絶え間なく慣習や文化が変動すると言えよう。結婚した女性は、入れ墨する慣習も世界にあるが、乳房をだす習慣も戒めで、このころでないのかとも思ったしたりする

最近、女性や市民が秩序なくでも活動し政治を動かそうとする騒ぎだ。市民の代理人である代議士制度の民主主義を翻弄する所が、高麗時代を思い出させる。ようするに、秩序と平安の物差しと指導者が無いので、混迷を深めるようだ。

この騒がしい風習が、もう一つの問題の背景にあることを理解すべきだろう。

台湾の仏教は、社会を安定させる能力が肯定され、人々から敬重されているのに対し、南朝鮮の仏教は、
  特に華厳教学と禅の受容と展開について独自の特徴をもつー(wiki)
というらしい。

この仏教、高麗時代に繁栄していた。しかし、権力についた天台宗が堕落し、上流階級からも批判されるようになって、李氏朝鮮時代の排仏運動と儒教の隆盛になる。まあ、当時の度牒制度と科挙の僧科の廃止であろうか。まして、朝鮮に根付く朱子学は、妥協を許さぬ方向へ人を駆り立てる思想であると。

現在主流派の曹渓宗は、東部で勢力があり、高麗時代に民衆側で支持を得、政治側につかず僧侶は山に入り修業。李氏朝鮮時代には所有地と奴隷を没収されたようである。中には廃寺となり、寺院も遊興施設にかえた(朝鮮の仏教)というのも朝鮮らしい。また、地域では農村基盤であるためシャーマニズムにも結びつきもあるようだ。政治や経済で平安の活動にはいささか弱いとみるべきか。中期に一部の宗派は、復活を許されたが、都での活動は認められなていない。まあ、地主の両班と同じ勢力ともいえる。

日韓併合前後に仏教の認可が降り、政府寄りの日本仏教なども入り活況となりだした。近代社会に成りだした平安の頃、この曹渓宗は、朝鮮古来の仏教という原理主義を掲げ地主の両班勢力やキリスト教などと独立テロを頻繁に起こして、社会を混乱をさせたようだ。当然、テロが活動だから征伐されたようだある。彼ら曰く、それが植民地での虐殺の事件と言う表現になる。


でも、台湾はこれとは反対に、政府の保護のもと庶民平安の仏教が普及した。

なんとま、大衆経済がなかった都市でなんとか秩序と知識層が育成されようとし、都市人口も倍増するなか、将来の国の発展や自立を考えるより、自分たちの仏教復活テロに熱中。もともと、独特の思想傾向も有るので、高麗の末期や戦後の混乱で、国内を纏める知識層や指導者が出にくい面も悲劇である。

このころ、既成の仏教者も日本に留学し仏教の交流をし妻帯も認められ、各派を政府の元に立ち上げる。( これが、今でいう「親日辞典」の根源である。 )

政府認可派の庶民平安活動とは対照的に、テロ派の曹渓宗は、あくまで独立朝鮮仏教復活運動を山にこもり活動をするのである。イスラムと同じだ。また、古来の妻子を持たない僧だから、慈愛も無く、更に過激になるんだろう。

戦後、当時の南朝鮮の世俗や習慣を無視しアメリカ政府が得意の民主主義で、小作奴隷制を辞めさせたもんだから仏教界混乱。当時の仏教は、日本江戸時代のような寺領性。土地代が運営費。またキリスト教の李承晩の策略とも言える。

ここで、勢いを盛り返したテロ派の曹渓宗、親日妻帯僧の弾圧など行うようだ。多分、このころからテロ抗日を正当化し親日派征伐に、教育や庶民扇動に乗り出した。高度成長が確かな頃になる80年代後半の、最近亡くなった金泳三氏の時代には、もう既に反日を政府や市民に浸透させるのに成功したようである。

まさに、最近の通り、
大乗仏教の「起源」と禅の「起源」は、生意気な日本でなく、
儒教や仏教を捨てたシナよりも、
滅びた清から引き継いだ小中華の朝鮮古代仏教が起源だ。

と言うことらしい。田舎の愚連隊のようだ。

でも、政府工作や親日派の摘発などで古来の仏教派を盛り返したが、儒教や小中華思想や差別意識も回帰することとなる。差別地域もこのころ隆盛?

ただ、僧以外の親日の商人などは相当財産没収もされてるから庶民経済停滞や、儒教の商蔑視や悪弊も染みついただろう。政府と結びつく財閥勢力の、ライバル企業への制裁も進んだようだ。だから、最近では階級と特権社会の堕落が進み、雇用する社会基盤の企業もそれほど増加する気配は無く、疲弊していく。
まさに、自業自得の階級社会と勤労を嫌う両班社会のようになりつつある。今はまさに工業化や企業活動より、市民活動の暴走が突き進む。

なお、社会と文化が進化する前に、世界に自慢できる創作された南朝鮮文化や料理、観光地運動が、現在主流派曹渓宗の古来の朝鮮仏教回帰の一環なのであろう。文化とは発展した大衆社会が作り出すもので、政治が創造する物でない。
また、よく言われる南朝鮮の「起源」も、左派仏教曹渓宗の古来朝鮮仏教の復活からでた押し付け創作文化の延長と見て取れる。また政治経済の下で、平安に向け庶民に思想を追及し運動するなど毛頭もないようだ。

でも、この反日と市民暴走を許した左派仏教の活動は、「道徳的、霊的に生まれ変わる機会」を逃し、大危機を迎えている。また、活動の割に、布教の仕方もないから庶民の信者数も増えていないようだ。いまだ、キリスト教信徒一位。


(現在を見ると、仏教は諸派があり多種なキリスト教と共に儒教やシャーマニズムと小中華思想が複雑に入りこみ混沌としている。曹渓宗のリーダー性や宗教界の統制が不能であり活動にまとまりがなく、不穏な社会を助長させているようだ。 まさに独自に発展?する宗教の現状。儒教の倫五常の教えが見られない社会現象もあり、暴走した小中華意識と朱子学の極みだろうか。はっきり言って、アメリカや先進国諸国には南朝鮮人の独自の宗教界と独自の思想、そして独自の民主主義政治は、理解不能と言うべきでなかろうか?)

そういや、この左派曹渓宗、慰安婦施設にも関係し日本を罵倒するするくらい儒教の五倫も否定し、仏像の泥棒行為までも肯定する始末、秩序を乱すようだ。


また、総務院長選を巡り派閥争いで組織暴力輩を交え大乱闘、ナヌムの家の園長をしていた僧侶はセクハラ事件を起こし警察にご厄介。最近では宿泊施設の一室で、修行僧らが酒を飲み、タバコを吸いながら徹夜でポーカー賭博に興じていたことが発覚もし大報道されている。流石、伝統の朝鮮仏教と文化は違うようだ。


世界特別遺産にするべき罵倒やリンチと乱闘に見る独自世界の全体主義。
賢者による倫理の民主主義は、とおい遠い世界とも言えよう。


最近、戦前の欧州報道記者の映像が流れた。なんと庶民は平安な様子を見せていた。布教も出来ていない彼らの活動は、国の崩壊をも示しているのかも。

奈良にある古代仏教寺院、京都にあった政府寄りの仏教寺院、でも大衆化させたのは鎌倉仏教。苦難を乗り越え布教と平安を築いた鎌倉仏教。庶民平安の指導者として徳川幕府を支えた。
でも、昨今中韓の仏教に法理を示せないで言われるがまま。現在の日本社会混乱の中、日本仏教やジャーナリストは、千5百年の仏教思想の実績と布教と平安経済の原点を見直すべきだろう。

左派活動と思想の暴走は、南朝鮮のように国民を混乱させ、政治の堕落と経済や民度の進化を妨げるのは確かである。まして大衆の心の拠り所の宗教が独特で堕落もしてるのであるから、法王が指摘するのも、無理はない。

でもまあ、最近の南朝鮮混乱の根源を作ったのは、戦後のアメリカ政治の民主主義被れであることは違いない。社会基盤が脆弱な時期は、風土と知識層や政治システムの破壊をしてはならないということだ。イラクのように・・・

以前、難破船の記事で、面白い外交事例が見られた。


『 1873年、台湾出兵の処理に赴いた特命全権大使副島種臣は、同治帝に謁見した際に三跪九叩頭の礼を要求されるが、古典(五倫)を引用して立礼を主張し、最終的に立礼で通した 』


  三跪九叩頭の礼

   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%B7%AA%E4%B9%9D%E5%8F%A9%E9%A0%AD%E3%81%AE%E7%A4%BC


〜三跪九叩頭の礼をしないイギリス人には謁見もしない清の皇帝が、なんと、明治維新ごろの武士が、東洋の倫理として儒教五倫・五常を引用し、傲慢なシナ皇帝の扉を開いた。この訪問の間、特命全権大使副島種臣は、清朝高官との詩文交換でその博学ぶりを評価をされている。

如何に当時の武士が博学であり、論争でもぶれがなく世界を見る視点がある状況であったかは歴史が作り上げた頭領としての武士文化であろう。

現在における南朝鮮の礼節しかり、最近の日本国会における社会党・共産党の言動における無礼さは南朝鮮人並。とても支持できる日本人とも思えない。
キリスト教は、自然な倫理は神に依存すべきと言うが、儒教の五倫五常は人の礼節と認識すべき事であろう。自然と社会に向かい合う神道、哲学の仏教、倫理を解く儒教は昔の貧相な武士であっても、身に着けていた。ものを見る目は、確固たる裏打された教えと思想が不可欠なのだ。今の日本に必要なものである。


でも、日本の金亡者である仏教界には布教としての知識人として乏しい状況だ。
自分たちの立ち位置も把握できず、嘆かわしいのである。

スポンサーサイト

  • 2020.10.22 Thursday
  • 20:29
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    コメントする








        

    PR

    calendar

    S M T W T F S
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
    << October 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • 発展途上国における欧米の支援は、巧妙な支配で債務と犯罪の害
      北のすみびと (09/21)
    • 発展途上国における欧米の支援は、巧妙な支配で債務と犯罪の害
      historia (09/21)

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM