日本の伝統技術「土のう」が、途上国に労働力と道路で生活向上

  • 2018.07.11 Wednesday
  • 04:15

JUGEMテーマ:伝統文化

 

 

  日本の伝統技術「土のう」が、途上国に労働力と道路で生活向上
    〜世界どこでも都会に雇用を求めるが、農村に自給自足の経済的な道路


                             難治熊本に残した加藤清正公の土木と治水遺産
                               http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=417
                             小作人も恩恵。地主も社会と共に成長した豪商庄内本間家
                               http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=263
                             農業を産業化した二宮尊徳、と札幌、台湾の発展
                               http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=92
                             海外で増加する港湾工事受注、日本の技術と人を活かす
                               http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=306

 


雨季で土壌の損傷があるアフリカなどでは、生活道路が手入れされず荒れるようである。また昨今の公共工事は、建設機械などが多くて、海外の途上国でも費用が膨れ上がり、農村や奥地の開発に手が廻せない。また、植民地で奥地が放置されて来た経緯もあり、その地域の産業形成や雇用問題で支障があったのだ。


最近の自然災害では、水害が顕著である。そこに被害拡大防止として利用されるのが「土のう」である。そして、十年前くらいから、日本の伝統技術「土のう」を活かした安価な道路建設もされ始めてきたのである。


それは、海外でもODAなどでも展開され、現地の雇用にも生かされ生活道路で農業などの生産性も向上してると言う事らしい。また、その工程では、男女を問わず自分たちで補修できるから維持も可能でる。


  若者グループに対する持続的な雇用創出と自立支援に向けた「土のう」
   による道路補修事業(第2フェーズ)
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/region/africa/kenya/page22_000476.html
    平成29年4月26日 外務省


   【Web版第5回】 「土のう」が人々の生活と意識を変えた!  −アフリカとの出会い−
      http://committees.jsce.or.jp/engineers/w5
      2010.5.19 土木学会


「土のう」は最近でも、国土交通省のNETIS(新技術情報システム)に登場するようで、まだまだ発展の余地も有る。その利点として、水を含んでも土のう自体が崩壊しないところもある。そして、全体の崩壊を阻止するかのように衝撃も吸収するような構造と変化する。この伝統技術が活かされるのは、何よりとも言える。日本でも地方や山間部では作業もしやすく道路も建設しやすい。

 

 


また、同じように、日本には土蔵などに版築という伝統技術もある。wikiによると、
版築は非常に頑丈で、
  城壁や墳墓などの大規模な建造物をはじめ、道路や家屋などにも用いられてきた
・本来、版築自体はほぼ土や石(礫)と少量の石灰や稲藁等の凝固材の混合物でできている
最近では、この技術も見直され、応用の研究をするところもあるらしい。

 

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エルムの札幌も大都市病か、そこには病む教育と信条の無い子育て

  • 2018.05.06 Sunday
  • 13:52

JUGEMテーマ:伝統文化   #明治150年,

 

 

  エルムの札幌も大都市病か?、そこには病む教育と信条の無い子育て
   〜「 まさか札幌から出ていくとは 」と言われた日本ハム球団、
         そこには、おかしな団体の陰と非常識な行政

 

                         衰退する地方行政と議員、文化と歴史を歪曲し暴利を貪る
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=378
                         商慣習という社会感覚を無くした、社会知識の衰えた役人
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=613
                         開拓の面影も消える札幌、やはり開拓は農民の米作りだった
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=594
                         アメリカで敬遠された女性大統領誕生、
                            法を越える政治観の本質を忘れた詭弁者たち
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=620
                           〜リベラルは、憲法・法律オンリーの風潮
                              逆に文化が無視され、秩序と礼節が衰退し社会崩壊

 

 

世界に活躍する学生を送り出す北海道大学。かつては、明治時代に工部大学校の学費方針変更を受けて、全額官費で生活費も支給され全国でも注目された札幌農学校から、多くの技術者や指導者が社会に出て行った。

 

    海外で増加する港湾工事受注、日本の技術と人を活かす
      http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=306

    〜広井勇公、実績もさることながら、多くの逸材を生んだ「港湾(橋梁)工学の父」


また、産婦人科医で有りながら共同経営者からキヤノン創業者初代社長に成った御手洗毅氏が出た大学でもある。名誉なことに、最近では、2010年ノーベル化学賞を受賞した鈴木 章氏もいる。

 

 

 

ただ失礼ながら、今の札幌や北海道には、それ程の企業や起業家も育成されてない気もする。
大都市札幌は、人口も多く逸材が出そうであるが、評判はどうなのであろうか。


最近のノーベル賞を見ても、筆頭帝大の学者が減り、上記の鈴木 章氏のように地方出身者の方が成果を出してる気もする。まあ北大も、逸材養成機関というより、リベラルの起源に偏り、学風・学者を自慢するような毛もあるようだ。


悪いい方だと、成績自慢ともいえ、最近ではタクシーで暴れる弁護士までいる。また、「安倍に言いたい、お前は人間じゃない。たたっ斬ってやる」とまで、野党の街宣で発言した反安倍派の山口二郎氏を、なんと名誉教授にしてる北海道大学でもある。もはや、地方の三流大学なのかと。


やや、国立大学も帝大の面影が無く、一般教養部門が低下してると思わざるを得ない・

 

 

 


  主要企業、収益増加で国内景気に自信
   9割が「拡大傾向」と調査で回答、人手は不足懸念

    http://www.sankeibiz.jp/macro/news/180505/mca1805050500004-n1.htm
    2018.5.5 SankeiBiz


社会は長期安倍政権の成果か、景気が回復し新卒学生も就職率がいいと言う。そのなか、理数系離れが進み過ぎ、メディアの記事では、就職しても早々に辞める学生も多く、叱られたら会社に来ない人もいるらしい。


雇用がいい中、2百万都市札幌のコンビニでは、ひと手不足で土日に勤労したがらない風潮もあると言う。昔は、いい企業や病院でバリバリ仕事してたOLなどは、どうしてるのかとさえ、思う状況だ。


そのなか、ワールドカップでも使われた札幌ドームから、プロ野球の球団日本ハムが出ていくと言う。


  日本ハム、新球場移転の英断
    194万人都市札幌→6万弱の北広島 「攻めの姿勢」と評価の声

    https://www.iza.ne.jp/kiji/sports/news/180330/spo18033018350064-n1.html
    2018.3.30 iza


     日本ハムの札幌ドーム撤退 秋元市長が清田区役所で町連会長らに陳謝
       http://hiromaaru.org/archives/12191
       2018年4月12日 地域メディア ひろまある


そこには、何とも言えない球団とドーム球場&札幌市の攻防が有ったと言う。左翼都市札幌は、リーダシップも無く、ぼったくりまくりのドーム運営をしていたらしい。


また、札幌ドーム元長沼社長は、北大農学部ながら放送局HBCに入り、社長を務めドーム社長になったと言うヘンテコな社長だ。パヨク記者上がりなのか。それも在任時、J1サッカーのコンサドーレのドーム負担まで、日本ハム球団にさせて更に使用料まで上げまくって居たと言う。

 

なんか、そんな公僕たる社長がどれくらいの報酬が有ったのかも知りたいところだ。企業会計にふりまわされつつ、天下り的な密を取り、社会での価値判断力が誤ったと疑問を持たざるを得ない。


この札幌市や北海道大学まで、変な思考と組織に侵されたんだろうかね。

 

 


 

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開拓の面影も消える札幌、やはり開拓は農民の米作りだった

  • 2018.01.29 Monday
  • 07:55

JUGEMテーマ:農業経済・農業政策   #明治150年,#札幌市清田区,#厚別川,#地震の液状化,

 


  開拓の面影も消える札幌、やはり開拓は農民の米作りだった
    〜明治期の失業者士族等が屯田兵などに、そして海外にも


                        開拓の面影も消える札幌、其処には馬が育んだ農産地と記憶が残る
                          http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=593

                        アフリカなどを支える、日本人による米・小麦の品種改良と普及
                          http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=356

                        農業で活性化した工業国日本、中露飛躍は農業見るだけで無理
                          http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=342

 

 

ゆめぴりか・ななつぼし・ふっくりんこ・ほしのゆめ・おぼろずき・きたくりん・きらら397


今や、北海道米も、ほっかいど「うまい」。そして、種類も豊富。


  全74種、お米の分布図がスゴイ 「勉強になる」と絶賛の声
    https://grapee.jp/397290
    2017年9月27日 grape


20年ほど前は、家庭のパン食より給食のご飯がうまいとも言われた。ここ数年で、さらに北海道米が美味しさが増したようだ。その先駆けと言う「きらら397」は、固さでは、おにぎりに最適と言われてやめれない農業事情のようである。

 

 

 

ここに、北海道の開拓を物語る稲作の起源について、ネットの記事を見てみる。


  北海道における稲作の起源について(どのようにして始まったか)
    http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000204236
    国立国会図書館 −レファレンス協同データベース

 

  ○1853年(安政5)琴似村、しのろ村、発寒村で早山清太郎が米作りをする。洪水でやめる。
  ○1873年(明治6)中山久蔵が島松村で赤毛をまき米作りに成功(北海道いな作の父)。

 


稲作の普及に関しては、1873年島松村での栽培成功がよく言われる。その赤毛という米は、前投稿の人や馬の交流が多かった、寒冷地風土に近い盛岡付近の品種米のようである。


  < さっぽろ文庫等から、札幌の稲作の始まり >

  上手稲村  明治七年には新潟県人小笠原栄吉が水田を試作し、仲々よい結果を得た。
           「西野米」と呼ばれ、時には新潟や秋田の米といっても通用したといわれる良米の
            生産は、発寒川より取水の用水路が完成してからである。

  白石村    七年には樽前山が噴火して村にも灰を降らせ、十二年には大雪のために全道の鹿が
            絶滅にひんするという大地変が続き、人びとの気持ちを不安にさせた。
            しかし、明るい話題として、厚別川の下流に、長野県から入植した人たちが米の
            試作をはじめ、白石の西でも米の試作が行われ成功した年(明治15年?)でもあった。

            −札幌農学校(北大)に来た米国教師が稲作は不適と判断し、当時は禁止されてた

 

( 以後、白石区や厚別川の通る豊平区らを中心に米作農業が広がる。

  現在、豊平区厚別川の清田地域が清田区となるが、今や田んぼを放棄してベッドタウンに・ )


そう、明治の時代は、札幌も多くの入植者が入ったが、水害や大火などで災害も多くかった。安定した収入は、石狩湾のニシン漁などの本業以外の収入が多かったのだろう。

 

       1871年        ムラピ山(中噴火-VEI4) 2930m          インドネシア

     ●1872      明治5年−東北地方の凶作 東北            日本

       1874年        樽前山(中噴火-VEI3) 1041m            北海道  三宅島ヒョウタン山も
     ●1877〜78  中国の飢饉                               中国
       1883〜86      タラウェア山(大噴火-VEI5) 1111m      NZ北島
     〇1883          クラカタウ(巨大噴火ーVEI6) 813m       インドネシア
     ●1883     「火山の冬」世界で厳冬                    全世界
     ●1884      明治17凶作 日本                        日本  昔はマジに寒い・・


現実には、冷害に強い品種の稲作は昭和初期まで待たなければならなかった。だから、明治40年頃までは、札幌でも住民を定着させるのにも苦労したようだ。最初は遊楽街であったススキノも、後の定住者が安定して以降、飲食店街に移行するのである。

 

  明治に開花した、米の品種発明−庄内を中心とした東日本編
    http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=272
    〜寒冷地で生まれた大正13年(1924年)の「走坊主」、
      道農事試験場で「坊主」「魁」から交配。早生で多収、良質の冷害に強い米
      稲の北限が遠別、名寄、十勝、日高まで延びる快挙。

 

( 赤毛米は寒さに強く、唯一北海道で育つイネだった。しかし、脱穀して米の毛を取らなければならず、精米の効率は著しく低かった。やがて毛のない坊主品種が登場した −厚別川-Wikipediaから

 

− 参考 札幌赤毛(米) −

  中国東北部の寒冷地帯における稲作拡大の要因解析
    http://yamaharu-nds.jp/ndic_chugoku/wp-content/uploads/sites/3/2017/03/03-11.pdf
    山口大学 農学部 山本晴彦研究室

  〜1913年には公主嶺に産業試験場が創設され・・・1918年には農事試験場と改称され、各種の試験研究を実施するための試作場や試験地などが整備された。この時点では、試験研究は、大豆、高粱、玉蜀黍、小麦の大農作物が主で、・・・・南満では日本種の「亀ノ尾」、「早生大野」、改良種の「大原」、「萬年」、中北満では「札幌赤毛」など、朝鮮在来種の「京租」・「大邱租」(乾稲)、「紅毛子」(水稲)なども作付けされていた   )

 

 

 


人の温かさのある北海道気質は、札幌も同様である。が、一部投稿チャンネルを見ると、高慢気質もあるようだ。差支えが有るようなので書かないが、非常に興味深い内容もある。元社会党よりの公務員風土と成績依存の偏向教育があるからなのか。


ただ、明治期の日本国内は、農業も養蚕業を主に生業としていた農家が潤う程度だったろう。士族など職に溢れる市民もあってか、北海道への移民も増えたが、海外に夢を広げた移民も多かったに違いない。


札幌への移民を見ても、北前船地域の北陸・越後移民や、維新戦争で敗北し移民させられた東北士族もいる。その他に開拓奨励策で、福岡や徳島など関西以西の移民も多かったのは事実だ。


     リオ五輪開会式、評価される日本移民も参加。と南米移民
       http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=337
       〜コロンビアでは、福岡等から約1800人の移民が農業で成功して、
         南米の日系移民では最も成功したとされる。今では、ブラジル移民も注目される。


そう、福岡などの移民がコロンビアで成功したと南米の移民事例もあると言う。そこには、米(稲)作の農業にかける日本人の思いと努力が相当に有るんだろうと思う。


数年では、思うように実らないながら、10年以上かけて土づくりをしないといけない農業なのだ。まあ、明治政府からも湿田の稲作思考から、沼地や低地で稲作を応用して失敗した事例も数知れず・・・

 

 


ここに、以前纏めてみた人口などの経緯を、記載しておこう。


現在の東北以南のように、都市は城下町を想定して作られ、道路の他に軒先にも水路が巡らされていている。今でも旧武家屋敷という小京都の風情を見せる趣きだである。


このさっぽろも開拓時代に水路が形成され、農業用水のみならず木材置場や物資輸送にも利用されただろう。その後、河川の治水事業で、荒れた河川流域の用水路・排水路化かも考え出され発展を遂げた。ただ、馬の運送や道路の整備も進み農業用水路も発達し、入植時の水路が早々に消えていったようだ。


まあ、近代的経済に突き進み合理的変遷と言えばそれまでだが、忘れっぽい都会気質も有り名残惜しい気もする。


  − 札幌の人口と、開拓当時の移住者 −  さっぽろ文庫・Wikiなどから

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開拓の面影も消える札幌、其処には馬が育んだ農産地の記憶が残る

  • 2018.01.28 Sunday
  • 10:34

JUGEMテーマ:農業経済・農業政策   #明治150年,

 

 

  開拓の面影も消える札幌、其処には馬が育んだ農産地の記憶が残る
   〜リンゴと玉ねぎの一大産地であった札幌、そこには馬と共存した歴史

 

                                農業を産業化した二宮尊徳、と札幌、台湾の発展
                                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=92
                                難治熊本に残した加藤清正公の土木と治水遺産
                                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=417
                                小作人も恩恵。地主も社会と共に成長した豪商庄内本間家
                                  http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=263

 


ただ、開拓の名残も徐々に消えていく北の姿がある。開拓当時の農業も減少し、自然との接点が消えていく札幌なのだ。また、それ程の冬季スポーツが普及してる訳でもないのだが、札幌が、冬季オリンピックに立候補するとの話もある。


現在、北海道のベッドタウンとなった札幌。特に大きな産業も無く、マンションだけが増えて住民は活動的でなくなったかもしれない。そう、今は逆に、北海道の冬季スポーツは、田舎の方が活発で選手もよく育ち、特産も田舎に産物と言う状況だろうか。




本来は、開拓の本場で農業と自然、そして生活観に溢れてた札幌だったんだろう。今に残る風情は、軟石倉庫、農場風景のある紘学園牛舎や40周年とかの札幌観光幌馬車ぐらいだろうか。


只、歴史から見れば開拓で近代農業を始めた北海道や札幌でもあり、稲作は米の品種発明や乾田馬耕も進んだ。が、その北海道は、「馬耕」の最先端地であった。


さっぽろ文庫などによれば、

「 福井県足羽郡社村の中農に生まれた岡田松蔵氏は、
   明治十一年妻子を伴い苗穂村(札幌)に一万二〇〇〇坪の土地を求めて入植した。
   馬耕を早くからとりいれ、馬を使役するとともに
   家畜の堆肥を肥料として用いる有畜農業の合理性に着目した人物である 」とある。


  ( 苗穂村等は、元幕府役人大友 亀太郎公が開拓政策を実行。
    田畑の開発計画を行い水路も作り開墾、後に入植者も増加し日本有数の玉葱産地 )

 

 

 「 遠野馬の里 -遠野馬の歴史 」から                      「 うま 」Wikiから

  〜江戸時代から道産馬とも交配が有ったらしい      蹄鉄が普及する以前は、馬にも草履らしい


  飼い馬は、人懐っこい。目も大きいし・・

  ただ、馬とか、後ろ蹴りが有るから、気を付けんと。


 


コメの産地山形庄内地方で乾田馬耕の普及が始まったのは、遅れて明治24年という記事も有る。ただ、北海道と岩手(南部地域)では馬の改良が共有され、明治10年ごろにいろいろな実践的な取組も見られる。


  乾田馬耕  普及に努めた篤農家 佐藤清三郎
    http://www.shonai-nippo.co.jp/square/feature/exploit/exp284.html
    荘内日報社  −郷土の先人シリーズ
    〜明治24年福岡県から島野を招へいし、自分の所有地に馬耕実習田を設置


      明治に開花した、米の品種発明−庄内を中心とした東日本編
        http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=272
        明治は湿田から、乾田そして乾田馬耕、そして米の品種発明の時代へ


  馬耕とチャグチャグ馬コ−にっぽん、馬紀行
    http://www.chie-project.jp/011/no10.html
    日本列島 知恵プロジェクト
    〜岩手では明治16年に馬耕奨励が始まり、役所に機器を置いて指導教師の派遣を行うと。
      今では珍しくも地域に残る、岩手-滝沢の行事「チャグチャグ馬コ」

 

     −農作業における馬の仕事

      「馬耕」(農具の名称)と呼ばれる犂(すき)を引き、乾いた土地を耕していきます。

       その後、畑に水を入れ、3日ほどおいて、幾分水が乾いた後に再び馬が「馬鍬(マンガ)」

       や「ハロー」を引いて土塊(どかい)を粉砕する代掻き(しろかき)作業をします。

       次に、金属の歯がついている「フマセマル」という農具を引き、「フマセ」で田に堆肥や

       緑肥を踏み込ませ、その後「マル打ち」でさらに踏み込みます。( 上記ネットから )

 

 


そういえば、40年ほど前の北海道の田舎では、馬が飼われており、舗装もされてない道路で農産用の馬がよく通っていた。まして、其処の村落や街には、必ず鍛冶屋もあり、さらに金物屋・木材店、更に商店の他に食堂もあり一つの風景を作っていた。まあ、農業生活から蹄鉄も必要で、馬具も流通し、馬に乗る革製品も見られた。


地方も田舎も、人の関係が賑やかで共存する時代であったろうか。現在の北海道に残る馬の風景と言えば、北海道帯広市が主催する「ばんえい競馬」くらいなのであろうか。


ばんえい競走 −Wikiから


ただ最近の札幌などを見ると大量生産の雑貨品で溢れるが、そこは既に無機質なビル街が並ぶ都市である。生活という風景は消え去り、大きな自然観もなく生活にも変化がない子供の教育で思想も貧しくなるのかもと想ったりもする。
まさに、教科書とその答えに依存する教育もどうかなと。

 

 

そんな北海道が歩んだ馬の歴史がネットに載っていた。

 

  第ー節 北海道における馬産の発展経過 - 北海道立総合研究機構
  https://www.hro.or.jp/list/agricultural/center/kankoubutsu/houkoku/88/88a.pdf

  −移動や荷役の馬から馬耕への歴史
    ・享和2年(1802年)には有珠、虻田両郡に牧場を開き南部和種馬を移入し、
       安政4年(1857年)に浦河に分場を設け、幕府の馬産がおこなわれた
    ・明治3年「東蝦夷地御親料規則」が定められ、
       彦根藩等の藩士や九州の農民が各地に団体入植し、本格的な農業開拓始まる
    ・明治5年馬の改良を目的に新冠牧場を設置、
       野馬2262頭を収容し、南部地方から種雄馬10頭を購入し交雑をはかる
       明治10年に新冠御料牧場と改称、馬の改良増殖に貢献した

 

( 九州では18世紀に乾田馬耕も進んだようだが、

  ネットに馬や農業の情報は少ない。九州や西日本の文化的素養にいつもがっかり・・ )

切磋琢磨する日本の産業と文化、2017年も数々の話題

  • 2018.01.03 Wednesday
  • 16:45

JUGEMテーマ:伝統文化

 


 切磋琢磨する日本の産業と文化、2017年も数々の話題

   〜ホンダという町工場も、スーパーカブで世界に進出、今や一億台にまで


                       驚愕、HondaJet開発を支えたスーパーカブが、未だ爆売れ更新中
                         http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=577
                       進化する水素から二酸化炭素まで、夢のエネルギー源
                         http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=305
                       未だ注目される日本の技術、高給より丹念な自然の農産業
                         http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=540
                       砂漠緑化と農業に試行と錯誤、イスラエルまで成果
                         http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=377
                       アフリカなどを支える、日本人による米・小麦の品種改良と普及
                         http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=356

 

 

あけましておめでとうございます。今年も、静かな年の始まりだ。風流な除夜の鐘も、一際一年の計として心に響くのかもしれない。


昨年も、いろいろと話題の多き年となった。数多くの書籍が本屋とアマゾン?に並ぶ中、英国に住む元日本人がノーベル文学賞を受賞した。
日本のメディアや新聞に翻弄されず、思考と文筆に熱中出来たからだろうか。


  ノーベル文学賞受賞のカズオ・イシグロさん、騒ぎの渦中で落ち着き
    http://www.bbc.com/japanese/41521067
    2017年10月6日 BBC

 

 


いまや、世界の航空業界で、人気となった「Hond Jet」。その生産は、順調と話も流れてくる。そこに、スーパーカブが世界の生産で1億台達成らしい。個人的には、2016年達成と思われたが、ある時期から年間5百万台の生産が3百万台と、時代に流されているらしい。
それは、かつてアメリカとベトナムで、異常なほどのヒットを成し遂げたスーパーカブ。


  スーパーカブ5年ぶり国内生産再開 熊本製作所で 世界生産は1億台達成 ホンダ
    http://www.sankei.com/west/news/171019/wst1710190058-n1.html
    2017.10.19 産経
    〜東南アジアは二輪ブームの今も、アジアを中心に世界合わせて3百万台の生産と


     「スーパーカブ」シリーズ、世界生産累計1億台を達成
       http://www.honda.co.jp/news/2017/c171019a.html
       2017年10月19日 HONDA


アメリカでは、暗いバイクのイメージを一変させ、カジュアル化したスーパーカブも、早々に他の機種に人気が流れた。ただ、ベトナムでは生活と商売の移動手段、そして戦争のさなか夜逃げの移動にも貢献したと言う。
でも、まだまだアジアには、スーパーカブを必要とする社会があるのだ。

 

 


なんとシナや世界では、「Hond Jet」との相乗効果で、ホンダの自動車も大ヒットとか。
そこには、絶え間ない開発者魂がある日本車への評価も有るんだろう。
現在、EVや自動運転車が話題となり開発が進む中、衰退も予想される内燃機関にも高度な取り組みを、先見のマツダが SKYACTIV-X 」で開発魂を見せた。


  2017年、米国で最も売れた車は何? トップ20の過半数がトヨタなど日本勢
   米国でSUV人気が拡大
    https://zuuonline.com/archives/182399
    2017/12/29 ZUU online


  マツダ SKYACTIV-X はこれまでのエンジンと何が違うのか…

  「HCCI」実用化、なぜできた?
    https://response.jp/article/2017/10/11/300894.html
    2017年10月11日 レスポンス

 

 


「Hond Jet」も話題になる中、P−1哨戒機やC−2輸送機も世界の晴れ舞台に華々しい話題を提供。有名大学を出た文系高学歴者も、新聞やメディアで活躍するらしいが、口だけではノーベル賞も先進的な工業製品も創れない。
すでに、これらの機種は動画で世界に知られ、このような雄姿が世界の晴れ舞台へ出てゆき、徐々に知られていくだろう。


  P-1、パリ航空ショー終え離陸 自衛隊機初の出展
    http://www.aviationwire.jp/archives/122642
    2017年6月23日 Aviation Wire


  美保基地のC-2輸送機、11月に初の国外運航訓練 ドバイ・エアショー参加
    https://flyteam.jp/news/article/85167
    2017/10/07  FlyTeam


実は、世界でも自衛隊や航空機業界等の設備を維持する能力は、先んじているという。
そこには、整備の仕事すら大きな貢献を成し遂げ。大きな組織をも支えているのだ。


まだまだ、過去から未来へ引き継がれる日本企業と日本の技術力の底力だ。
そう、町工場の挑戦者だったHONDAも、世界に登りつめ信頼の企業に・・

 

都会の進学生は成績自慢で、風紀と尊重精神を乱し学びが崩壊へ

  • 2017.12.31 Sunday
  • 15:01

JUGEMテーマ:大学の必要性

 


 都会の進学生は成績自慢で、風紀と尊重精神を乱し学びが崩壊へ

   〜大志と高学歴者の務めを忘れた、現代の勘違いしてるえせエリートたち
 

                         スティーブ・ジョブズにみる大学の必要性、と大学の劣化
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=177

                         団塊世代の弊害、それは自己中毒。大切な日本精神を忘れた傲慢
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=563
                         今や巨人とプロ野球球団は不甲斐ない、子供も離れる野球界
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=574
                         学歴偏重が、政治と行政・文化の質が一層劣化した
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=251
                         左派活動と思想の暴走は、韓国のように国を無秩序にする
                           http://kitanosumibit.jugem.jp/?eid=262

 

 

今年は、騒々しい年であった。世界で駆け抜けたフェイクニュースとやら。外国の記事も、それなりに見れるが、日本の新聞記事は特にすぐ消去してる有様だ。現在の記事の確証も示されないままに。


そこに、日本社会も、高学歴者の不祥事が絶えないと言う。ある評論家が出る下記の動画でも、最近では、世界で打算的にうまく立ち回る成績依存の学歴者が蔓延してると言う。フランスの若いマクロン大統領も、その内の一人らしい。
日本の政界・社会も、そんな風情を漂わせているようだ。ただ、日本のえせエリートは、品格も無いのに威張ってるとか。


  タクシーで暴れた弁護士、罰金30万円略式命令   〜下記参照
    http://www.yomiuri.co.jp/national/20171205-OYT1T50143.html
    2017年12月05日 読売
    〜実は、北海道でもTOPの北海道大学を出た弁護士らしい


  なぜ前川喜平前文科次官は「出会い系バーで貧困調査」という苦しい釈明をしたのか
    http://www.sankei.com/politics/news/170530/plt1705300016-n1.html
    2017.5.30 産経
    〜マスコミとのリーク交流場という噂も、
       東大出身官僚、かつ文部省系事務次官が、警察が目を付ける風俗店に行くかい?


最近の衆議院選挙でも、明らかになったように、北の札幌は立憲民主党の議員が数人も当選したようだ。昔から、社会党などが強いと言われる北の地。衆議院副議長も務めた横路議員が、北海道知事の時代もあった。その頃から、道議会は学芸会と報道番組のテレビでも言われていた。


その影響からか、官庁頼りの北海道では、公務員や教員自体が左寄り化しているのかもしれない。そして、県や市町村の公務員は傷が付かないように積極的でない現実。すべて、都市の取組は全般的に消極的だ。今や、都市を見ると都市計画も重みの感じない趣の外観に見えてしまう。


そういった無機質の都会札幌は、著名人やそれなりの出身者が少ないと感じるのは、この特質と教育の堕落でないかと思わせる。それは、心が豊かでないと感じさせるタクシーの暴力事件にも感じる。また、中途採用も少ない社会。多様な経験者の意見を避ける傾向も有るようだ。

 

 

 

そもそも、世界で活躍してる北海道大学の出身者に、泥を塗る地元出身者がいるのは嘆かわしい。


東京などの国立大学の理工系開発者は、私立よりも優秀でもある。でも大企業でも、入社してものになるのは数年の経験も必要のようだ。また、多くの関係者を動かさないといけない。其処から見ると、今までの経済成長は、人財は限られた中で相当な苦労して築き上げられた企業の苦労も有っただろう。


  ルネサスがAI半導体で世界をリードし始めた!?
    https://newswitch.jp/p/11175
    2017年11月28日 ニュースイッチ −日刊工業新聞


最近では、ICで出遅れた日本。世界で、次々とAI半導体にも取り組む時代。ほんとに打算的にうまく立ち回る文系よりは、もっと理工系の優秀な人材も必要になっている。


  私大112法人が経営難、21法人は破綻の恐れ   〜下記参照
    http://www.yomiuri.co.jp/economy/20171230-OYT1T50085.html
    2017年12月31日 読売
    〜誰でも、疑問に思う大学の多さと無駄、そこには高卒の職種を脅かす大卒とか


この頃では、JR東海の新幹線で台車の亀裂事故もあった。職人と言われる整備士の人材難もあると言う。高度化する社会では、設備の維持費も膨大だ。それなりの技術の経験者も必要。猫も杓子も大学に行く時代、高給な文系に移行しがちであるが、見直される高等教育ではないだろうか。

 

 

 

 

また最近では、都会では塾などで成績依存とも言われる。ただ、札幌でも進学校は、上記のように威張り散らすような学生や学校もあると言う。これからは、志をもって大局を見据える謙虚さと堅実な苦労の蓄積が必要な教育の場にすべきだろう。


しかし、都会の学校では、苛めも有り会話も打算的で人気取りに走ったり、短絡さで仕切る傾向も見られるのかもしれない。今では硬派的な存在も居なく、学校内では口が達者になり、苦労や苛めをさける軟派な時代だ。ときには、熱意も志も捨てて平均的な進路を選ぶ輩も増えているのでないだろうか。昨今、大人を見てると、そんな教育をうけた打算さや、会話も深めれない人、そして総2流の大人が増加してるようにも感じてしまう。


集団生活も少ない中、さらに世間では離婚も増えてると言う。ある芸能人は、バトルとも。

そこには、人の習性や相性、そして付き合い方に深い感性と謙虚さが失われつつあるのかと思うしだいだ。都会の密室化した住居、移動には密室化した乗用車、それが更に傍若無人な素行か、無気力の子供を作る。年末のスーパーでも、金を持たない傍若無人な幼いこどもが走り回ってる。


自由とか権利、そして何かというと民主主義という恐れを知らない左派の教育に、社会の疑問を持ってしまう。高度化してる社会には、原点に回帰して地域や共同体の生活から、見直していくべきなのかもしれない。

 

  世界大分裂を語る【3】
  「与党・政府・知識人の連合体によって嚮導される『穏健な社会主義』が
     近代文明の救済には不可欠」

    https://www.youtube.com/watch?v=pJ3LYxdo4E0
    2017年12月23日 西部邁×伊藤貫 西部邁ゼミナール
      〜試験も社会でもうまく立ち回るが高学歴の多くが、つまらない人格と・・
        成績だけでは、逆に社会で価値や道義的な判断も出来ず
        世界は、そんな偽善者といえるえせエリートだらけとな

 

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  タクシーで暴れた弁護士、罰金30万円略式命令
    http://www.yomiuri.co.jp/national/20171205-OYT1T50143.html
    2017年12月05日 読売

札幌市内でタクシーの後部座席から運転席を蹴って防犯ボードを壊したなどとして、札幌区検は5日、札幌弁護士会所属の弁護士(37)を暴行と器物損壊の罪で略式起訴した。

札幌簡裁は同日、罰金30万円の略式命令を出し、罰金は即日納付された。

起訴状によると、弁護士は11月6日、札幌市中央区を走行中のタクシー内で、運転席のシートや防犯ボードを何度も蹴って運転手に暴行を加え、シートや防犯ボードを壊した。

タクシー会社が公開したドライブレコーダーの映像によると、弁護士は行き先が違うことなどに腹を立て、「酔っぱらっていると思って、いいかげんにしているんだろう」とどなっていた。

札幌弁護士会の大川哲也会長は「有罪判決を受けたことを深刻に受け止め、弁護士法に従って厳正に対応する」との談話を発表した。
  2017年12月05日 22時37分 Copyright c The Yomiuri Shimbun

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  私大112法人が経営難、21法人は破綻の恐れ
    http://www.yomiuri.co.jp/economy/20171230-OYT1T50085.html
    2017年12月31日 読売


私立大・短大を運営する全国660法人のうち112法人(17%)は経営困難な状態にあることが日本私立学校振興・共済事業団(東京)の調査でわかった。

このうち21法人は経営を改善しないと、2019年度末までに破綻する恐れがあるとしている。18年以降は18歳人口が再び減少局面に入り、経営環境の一層の悪化が懸念される。

各法人は07年以降、事業団作成の指標を使い、直近3年の財務データを基に経営診断を実施。事業団も独自に各法人のチェックを行っているが、結果は「私大経営への影響」を理由に非開示とされてきた。

読売新聞は1月、事業団に情報公開を請求。一度は不開示とされたが、総務省の審査会で異議が認められ、12月下旬に初公開された。

2017年12月31日 06時00分 Copyright c The Yomiuri Shimbun

 

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